物ごころついた時には、ボクはそこにいた。
暗く冷たい石壁の部屋、ボクだけの空間。
両腕は繋がれ、両足はボクを支えきれぬほど弱り、
一日中その部屋でじっと過ごす。
食事は一日二回、ごく少量だがボクにはこれで十分だと言ってた。
身体を洗えるのは週に1度、もしくは2週間に1度。
部屋の外に出ること自体が稀だったボクに許された唯一外に出る方法だった。
ボクの世話係は2番目の兄だ。
ボクに対する感情はなく、ただ言われるがままにボクの世話をする。
正直あまり良い印象は持てない。それは他の兄弟にも該当する。
なんでもボクは生まれちゃいけない存在だったようで、
殺されるはずのところを誰かの気まぐれで生かされているらしい。
それを教えてくれたのは3番目の姉だった。
耳が痛くなるほどおしゃべりで、1番上の兄が大好きな姉。
ボクのことをいつも珍しそうに見てくるあの目が嫌いだ。
1番上の兄は傲慢で自己中心的。
力のないボクは視界に入るに値しない存在だと言っていた。嫌いだ。
他の兄弟はボクに興味すらないようで、ここに来たこともない。嫌いだ。
父は酷い痴呆であらゆることを忘れてしまっているため、
ボクの処理は現在村で一番権力の強い、この村の「母」が決めたのだろう。
「母」はいつも父の世話をしている。父が覚えている唯一の相手だからだ。
だから「母」が嫌いだ。妬ましい。なによりもだ。
ボクがこの世で好きなのは、父だけだ。
父とは何度か話したことがある。
父はいつだって好奇心旺盛で、知識欲が深く、子供のようだ。
ボクに「遊べ」と命じた時も、「教えろ」とせがむ時も、
目を輝かせている父が大好きだ。
願わくば他の全てを焼き払って、父と二人でどこか遠くに行きたい。
密やかに生を全うし、静かに死んでいきたい。
そんな願いすらもボクには叶える力がなかった。
自分でもどれだけ長い間そこにいたのか分からない。
眠っている間、ボクは他の世界を堪能する。
そこでのボクはどんなこともできる、自由自在に!
あいつらに似たやつらの心を幾らでも壊してやった。
何をしたって何も感じなかった。そこでの「ボク」とはそういう存在だった。
どんなに酷いことしたって相手はボクを倒せない。
最高の暇つぶしだった。それも、誰かのせいで終わった。
夢から覚めたら、ボクは一人で歩けるようになっていた。
両手の鎖もなくて、扉も一人で開けられる。
ボクの中には無数の何かがうごめいていて、
それらがボクと同化して、泣き叫んでいる。
望みは一緒だった。いつだって、ボクは他人の幸福を憎みながら、
それを踏み壊す手段を望みながら生きてきた。
それが皮肉なもんだ。いざ力を手に入れてみたら、
ボクに与えられたのは他人の不幸を砕くためのものだなんて。
いやだ、いやだと思っていても目に映るあの不幸な光景を壊したくなる。
ほら、そこを歩くあの女の子、もうすぐ仮面のやつらに殺されるんだ。
ああ、本当に嫌だ。壊したくなる。
(みんなみんな、ボクを置いて幸せになっていくんだ)
(折角捨てたものを、どこかの誰かが吹きこんだせいだ)
(ああ、あいつらみーんな、羨ましいし妬ましい)
斧鍵を引きずりながら、ボクは結局助けに行くんだ。
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